書評

問うことの享楽へ向けて

東浩紀の登場は、九〇年代の日本の言論界においては、間違いなく一つの事件だった。私は彼の文章に初めて接したときの驚きを、いまでも生々しく思い出すことができる。それは一九九四年のことだった。当時の私もまた、ささやかながら文章を書きはじめたばか…

原武史『大正天皇』朝日選書

元神戸大学教授の精神科医・中井久夫氏には「昭和を送る」という、半ば伝説化した論文がある。昭和天皇崩御の直後に書かれ、やや右寄りエスタブリッシュメント向けの雑誌に掲載された。いまだ著作集には収められず幻の論文となっているが、内容を読めば、そ…

西山明 信田さよ子著『家族再生』小学館

いまや至る所で自明性が破綻しつつある。典型は「なぜ人を殺してはいけないのか?」という問いかけだろう。この質問を悪い冗談と笑って見過ごすうちに、「人を殺すとはどういうことか」という疑問にかられた少年が本当に殺人をおかしてしまった。もはや「国…

米本和広著「カルトの子 心を盗まれた家族」書評

私が米本和広氏と最初に面識を得たのは、一九九六年七月、当時氏が精力的に取り組んでいたヤマギシズム取材へ精神科医として協力したことがきっかけだった。私は本来、思春期青年期の「ひきこもり」問題などを専門とする精神科医であり、カルト問題は全くの…

ねじまき鳥クロニクル

「ねじまき鳥」は、ぼくのハルキ観を決定的に変えた。過去の作品がすべて助走か習作にみえるほど、それは異質な作品だった。もちろんそれまでの作品もおおむね読んではいたのだが、少なくとも80年代までの村上春樹のことを、ぼくはあんまり大切に思ってい…

ドナ・ウィリアムズ「自閉症だったわたしへII」新潮文庫

著者の処女作「自閉症だったわたしへ」は、自閉症者の自伝として十四カ国で翻訳出版され、ロングセラーとなっている。この第二作は、すでに古典とも言うべき第一作が書かれ、出版されて反響を呼ぶなかで、ドナが未来の伴侶となる男性に出会うまでの三年間の…

飯田真・中井久夫「天才の精神病理 科学的創造の秘密」岩波書店

病跡学という学問がある。さまざまな天才の作品や生涯を、精神医学の視点から眺めたらどのように見えるかを探るものだ。よく精神科医は天才まで病気におとしめてしまうと非難されがちだけど、この本を読めばそんな誤解も解けるだろう。何かを創造するという…