飯田真・中井久夫「天才の精神病理 科学的創造の秘密」岩波書店

 病跡学という学問がある。さまざまな天才の作品や生涯を、精神医学の視点から眺めたらどのように見えるかを探るものだ。よく精神科医は天才まで病気におとしめてしまうと非難されがちだけど、この本を読めばそんな誤解も解けるだろう。何かを創造するという行為がどれほどその人の気質によって影響されるものか、それを探る過程は、けっして創造の光輝を曇らせるようなものじゃない。
 ところで、この本の特異なところは、主に科学者が対象とされているところだ。通常は文学者や芸術家が選ばれがちななか、こういう選択はかなり珍しい。たとえばニュートンヴィトゲンシュタイン分裂病圏の科学者であり、創造には孤立と媒介者を必要とする。ダーウィン、(ニールス・)ボーアは躁うつ病圏で、仕事の完成には庇護的な空間と協力者を必要とした。僕がもっとも興味深く感じたのは、フロイトや(ノーバート・)ウィーナーが神経症圏の天才と「分類」されていることで、この組み合わせには意表をつかれた。しかし、その生涯を辿ってみると、両者とも抑圧的な父、甘やかす母のもとで育ち(まさにエディプス的関係!)、晩婚で自立を勝ち取るために苦労し、学問の中に自己を解放するきっかけを見いだすことなど、実に共通点が多いことが判る。昨今あまり評判の芳しくない精神医学ではあるけれど、こういう誠実で知的興奮に満ちた本を読めば、ちょっとは見直してもらえるかもしれないな。