加藤泉展「人へ」

今年のベネツィアビエンナーレに唯一の日本人ペインターとして招聘された加藤泉さんの新作展です。見たほうがいいと思います。

http://www.arataniurano.com/


  


高橋コレクションのほうの展示には私が所蔵する加藤作品も貸し出し中です。

http://www.takahashi-collection.com/

正しきイマージュの系統発生*1

 なぜ「人体」か?
 生物学者・エルンスト・ヘッケル(1834~1919)による、「個体発生は系統発生を繰り返す」というテーゼは、たとえば解剖学者・三木成夫による「おもかげの発生学」として、このうえなく優雅に変奏された。子宮の中の胎児の顔は、はじめフカなどの軟骨魚類をおもわせ、ついでトカゲなどの爬虫類の顔となり、そこから徐々に哺乳類へと向かっていく。私は医学生時代、生前の三木の講義を、あの「ねじれの美学」の極みとも言うべき美しいシェーマのプリントとともに聴講するという僥倖に恵まれた。自分の大学の教授の名前もろくに覚えなかった私だが、あの授業の印象だけは、いまだに鮮烈だ。

 こんな話からはじめたのは、加藤泉の作品が、どこかそうした発生学的原理をイマージュとして体現しているように思われたからだ。誰もが感ずることではあろうが、やはり最近作は、胎児や赤ん坊を連想させずにはおかない。巨大な頭部、矮小な体、まだものをみることのない離れた両眼、ぽっこりと突き出たおなか、そしてあたかも、身体を覆う羊膜のようにもみえる二重の透明な輪郭。ただし、あくまでも無表情の彼らに対して、不気味さや悲哀感をつい感じてしまったとしても、それはむしろ感情の誤作動である可能性が高い。この種の誤作動の存在はむしろ、われわれが「人体」を前にしたとき、けっして無関心ではいられない事実を証し立てるだけだ。

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